心にしみわたるニーチェ。『ニーチェの顔 他十三篇』

 ここに描かれているのは、超人になれと説く錯乱した予言者でも、読むと元気になる格言をのこした哲人でもない。古代ギリシアの静かな午後を夢みながら、アルプスの田園風景のなかを散策する思索者、ニーチェの姿である。
 この哲学者については、著作に含まれている「毒」が、往々にして避けられたり、独裁者に利用されたりしてきた。だがそれも、本人が文章のなかで強調した「仮面」の一つだとしたらどうか。面をとりさったあとに現われる風貌はどんなものか。ーーヨーロッパの文学・哲学・藝術にはじまり、日本の文藝にも深く通じた著者ならではの論考を集めた、美しい文集。

苅部 直(政治学者)